長さは測れます。
時間も測れます。
距離も計算できます。
そして少し面白いことに、
長さと時間は、
まったく別のものに見えて、
光の速度という定数を使えば、
互いに換算することができます。
人間は、
ずいぶん遠くまで測れるようになりました。
地球の大きさも。
太陽までの距離も。
星が放った光が、
何年前のものなのかも。
見たこともないほど小さなものも。
触れることすらできないほど遠いものも。
私たちは、
数字にすることができます。
では。
十年間、
諦めなかった人の強さは、
どう測ればいいのでしょう。
大切な人を失った悲しみには、
単位があるのでしょうか。
誰にも言わずに耐えた夜と、
何も知らずに眠った夜は、
同じ八時間なのでしょうか。
時計には、
そう見えます。
どちらも八時間です。
でも人間には、
そうではない。
一分が永遠に感じる夜もあれば、
十年が一瞬で過ぎることもある。
私たちは時間を測れても、
その時間を生きた人間まで、
測ることはできません。
だからでしょうか。
人はときどき、
測れるものだけで、
人を判断します。
年収。
点数。
順位。
肩書き。
売上。
再生回数。
数字は便利です。
比べられるから。
並べられるから。
勝った人と負けた人を、
簡単に決められるから。
でも。
数字は嘘をつかなくても、
数字にできなかったものについては、
何も知りません。
一位になった人が、
どれほど努力したのか。
最下位だった人が、
どれほど努力したのか。
順位には、
そこまで書いてありません。
夢を叶えた十年と、
叶わなかった十年。
同じ十年です。
では、
叶わなかった方には、
何もなかったのでしょうか。
そんなはずはない。
測れなかっただけです。
人間は、
宇宙の果てを測ろうとしています。
光さえ使って、
途方もない距離を測っています。
それなのに。
たった一人の人間が、
今日まで生きてきた重さを測る方法を、
私たちはまだ持っていません。
だったら。
測れないものを、
簡単に小さいと決めないでください。
あなたの努力も。
誰にも知られなかった優しさも。
報われなかった時間も。
立ち上がるまでに必要だった勇気も。
数字にならなかったからといって、
ゼロだったわけではない。
測れないものとは、
価値が分からないものではありません。
どんな物差しでも、
届かないほど大きなものです。
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