もどり場

毎日を老いていく人達

わたしは、
いつから昨日の続きを生きるだけになったんだろう。

朝が来て、仕事へ行って、
食事をして、眠る。

同じ道を歩いて、
同じ人と話して、
同じ不満をこぼす。

変わり映えのない毎日だ。
そう思っている。

でも、
本当に毎日は同じなんだろうか。

空の色は、昨日と違う。

季節は、
気づかれないくらい静かに進んでいる。

いつも会う人の顔にも、
昨日にはなかった疲れや、
昨日にはなかった喜びがある。

変わっていないのは、
世界じゃない。

世界を見ようとしなくなった、
わたしの方だ。

人は、
歳を取ったから老いるんじゃない。

美しいものの前で、
足を止めなくなった時に老いる。

知らないものを、
知らないままでいいと思った時に老いる。

誰かの言葉を、
分かったつもりで聞き流した時に老いる。

失敗するくらいなら、
何もしない方がいい。

そう思い始めた時に老いる。

老いって、
肉体に刻まれる皺のことだけじゃない。

心が驚くことをやめて、
魂が危険を避け始めた時、

人は誰にも気づかれないまま、
静かに老いていく。

わたしが退屈なのは、
何も起きないからじゃない。

何かが起きても、
心を動かさなくなったからだ。

忙しいことは、
生きていることじゃない。

予定が埋まっていることも、
生きていることじゃない。

昨日と同じ自分を守るために一日を使って、

その一日を
「退屈だった」と捨てているのなら、

わたしは時間を失っているんじゃない。

自分自身を失っている。

大きな冒険なんて、
しなくていい。

読んだことのない本を開けばいい。

いつもと違う道を歩けばいい。

会いたかった人に、
連絡すればいい。

下手でもいい。
笑われてもいい。

やりたかったことを、
始めればいい。

美しいものを、
美しいと言えばいい。

悲しい時には、
悲しいと認めればいい。

誰かと向き合うなら、
逃げ道を残さず向き合えばいい。

その小さな緊張が、
わたしを生かす。

安全であることが、
悪いわけじゃない。

でも、

安全な場所に隠れたまま、
人生には何もないと嘆くのは、
少し違う。

人生が、
わたしを迎えに来ることはない。

扉の前に立って、
ノックをするのはわたし。

外へ出て、
風に当たって、
傷ついて、
恥をかいて、

それでもまた歩くのも、
わたし。

まだ生きているなら、

少しくらい、
心を乱されてもいい。

少しくらい、
昨日の自分を裏切ってもいい。

少しくらい、
失うかもしれない場所へ踏み出してもいい。

何も失わないように生きているうちに、

人生そのものを、
失ってしまわないために。

今日という日は、

わたしが老いるために
与えられたんじゃない。

もう一度、
目を覚ますために与えられたんだ。

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